2024年11月10日

<第1013話 感謝を捧げる>

こんばんは♪

暑い暑いと言っていたのに、いつの間にか立冬が来て、扇風機をしまったら、すぐ暖房の季節になってしまった感じがします。

秋がすぎ、冬になり、夜が長くなってくると、なんとなく自分のこれからの人生を考えてしまい思い悩む方もおられるかもしれません。

これから、どうやって「生きていけばいいのだろう?」と。

住職さん、私はどうしたらいいですか?どう生きていけばいいですか?

尋ねてこられた方に言いました。

例えば、人生を一年に置き換えて考えて見ると

今は、もう11月を過ぎましたから、あと一月半ほどで終わるんです。

その一月半をどう生きるかを考える前に、今まで生きてきた10ヶ月半の間に、どれだけ多くの方々に助けてもらい、ここまで歩んでこれらたかをおもいかえしてください、と。

両親・家族・友人・先生・先輩・同僚・ご近所さんなど数え切れないぐらい多くの方にお世話になり育ててもらって今の私がある。

何より、私が生きてきたのではなく、神仏の加護により「生かされてきた」ことにおもいを寄せてみましょう。

私は、生かされてきた。

このことが、腑に落ちると、感謝のオモイが溢れてきます。

私が生きている!とおもうと、毎日の暮らしも当たり前だとおもってしまう。そこには、感謝のオモイが薄れてしまいます。

病気やケガ、困難に出会ってはじめて、当たり前ではなかったと気づき、ああ感謝してなかったなぁとおもう。

今あることをそのまま受け入れる、そして当たり前のことに感謝を捧げる。

目が見えること、音が聞こえること、声を出せること、匂いがわかること、食べれること、歩けること、大好きな人と共にいれることなどなど

今まで、当たり前で何でもなかったことが、とてもすばらしい価値のあるものに変わってきます。

どう生きていくのか?

を考える時

どう生かされてきたのか?

にオモイをめぐらし、まずそれに感謝を捧げましょう。

そうすることで、自分の進む道が自然と開けていくとおもいます。

神仏に手を合わすのは、生命の讃歌。生命をよろこび、感謝の歌を歌うこと。

こうして生かされている自分の生命を精いっぱいよろこびながら、感謝しながら、すごしましょう!!

来週は、お十夜法要です。

この一年の感謝を仏さまに捧げる法要です。

どうぞお参り下さい。

今週もお元気で!

ご機嫌よう。

けいくう

身は水のあわ きゆるとも キララ夜明けの 海キララ 

          暗ければこそ 気がつかぬ 永遠にかがやく 大海原

みやまの秋を つつましく 日をなつかしみ 日をうけて

          中身実れば 外もまた おのずとはじく 栗のイガ

   

                         (田中木叉上人道詠)