こんばんは♪
今日は、急に温かくなり
桜の花も
チラホラと咲き出しました。
桜の異名ってご存じですか?
「夢見草」といいます。
夢のように美しく儚いから、そう呼ばれるそうです。
そんな春の花たちを見ていると
思わず笑みがこぼれます。
「咲く」はもともと「笑う」が字源でした。
三月中旬のことを
桃の花が咲きはじめる
「桃始笑」と言います。
それで言うと
今頃は「桜始咲」となりますかね。
(*^_^*)
☆
先週の24日で、春のお彼岸も終わりましたが
彼岸の徳目の一つに「布施」があります。
その布施を行うときの心持ちを
「三輪清浄」といいます。
布施をする人
布施を受ける人
布施された物
そのすべてにこだわりがあってはいけないということです。
見返りを求めない気持ちが大事です。
「受けて忘れず 施して語らず」
受けた恩は忘れずに、人にさせてもらったことは黙っておく。
普通逆ですよね。
受けた恩は忘れ、人にしたと恩を売る。
お金を借りた方はすぐ忘れ、貸した方はいつまでも覚えている。
となることが多いのでは。
そうではなくて
「三輪清浄」です。
(*^_^*)
☆☆
しかしながら
「幼子の次第次第に知恵付きて 仏に遠くなるぞ悲しき」
という古歌にあるように、
成長するに従って、善し悪しをいい、好き嫌いをいい、損得計算をしてしまいます。
世間にまみれると、仏さまに遠ざかる、、、
仏さまに遠くなるから、、、苦悩が大きくなる。
だけど
それが生きているということだとおもうのです。
煩悩・エゴから、損得計算をし、執着し、ケンカし、足の引っ張り合いをし、心配し、迷うもの。
だから、仏さまをお慕いする気持ちが湧いてくる。
仏さまをお慕いすると、、、
無知が、身にしみて、謙虚さを呼び
怒りが、燃料を燃やすように、行動に移す力になり
欲望が、よりよい自分に成長していきたいという力になる。
そして
仏さまに近づいていく。
「念仏者の次第次第に智慧付きて、仏に近くなるぞ嬉しき」
となっていきたいですよね。
念仏者は、
自分で輝くのではなく、仏さまの光に照らされて
ほんのりと輝いていくのです。
自分で輝きたい!は、煩悩・エゴのような気がします。
(>_<)
仏さまに近づいて、照らしてもらって
人生の花、咲かせたいです。
周りの人と笑い合いたいです。
ちらほらと
咲き出した
桜の花を見上げながら、おもいました。
今週も
お元気で!
ご機嫌よう。
けいくう
☆☆
みすがたおもう そよ風に 心の庭は 花ふぶき
おもいにお慈悲の 息かよう とけてとろくる 南無あみだ
一心帰命 うちこみし ナムアミダブの 端的に
邪気も邪念も はらわれて 獅子奮迅の 勇気わく
(田中木叉上人道詠)