2021年8月1日

<第910話 カラを破りて>

こんばんは♪

8月になりました。

暑い日が続きます。

昨日は、京都に師匠の能舞台を見に行きました。

帰り山間部二箇所ほどで、すごい雨が降りましたが

神戸に帰ってくると

カラッカラ。。。

雨がほしいです。

能舞台ですが

師匠の能の前に

若先生(師匠の息子さん)の舞囃子がありました。

演目は「安宅(あたか)」

そう。

去年の秋に、私がさせてもらった演目です。

楽しみに拝見しました。

謡が終わり

すくっと

若先生が、立ち上がった瞬間。

さすがプロとおもいました。

まだ舞がはじまっていない

ただ立たれただけで、

圧倒的な安定感。

私よりお若いのですが、

それでも3才ぐらいで初舞台。

それ以来、40数年、一心に稽古に励んでおられる方は

違いました。

その後の舞も圧巻でした。

剣で言うと

若先生の所作は

よく切れる刀で、スパッスパッと

空気を切っていく感じ。

私のは、なまくら刀で、ひょろひょろな

感じを受けました。

稽古は、ウソをつかない。

そのすごさを、自分も自分なりに稽古をして

舞台に立ったので、よくよくわかりました。

すごく

勉強になりました。

来年は、「安宅」の能をなさるので

今から、楽しみにしています。

(*^_^*)

☆☆

今朝は、写経会でした。

そこで

梅の種を机の上に置き

質問しました。

これは、何の種だとおもいますか?

「梅」です。

このまま机の上に、100年置いておいたら

どうなりますか?

「?」、「何もならない?」、「腐る?」

芽が出て、花が咲きますか?

「咲かない!」

では、花が咲くには、どうしたらいいですか?

「土に埋めないと」

そうですよね。

種が芽を出すためには、地面に埋めなければならないです。

地面に埋めたら種はどうなりますか?

殻(から)が割れて

分離された状態から解放されて

大地と結びついてエネルギーが湧き上がって、下に根を張り、上には芽が出るんですよね。

一粒の種が、芽吹き、枝になり、たくさんの実をつける。

一粒の種の中に、無限の可能性があり、カラがやぶれるとその世界はドンドン広がる。

いのちは、そうして無限に広がっていって、今の私に繋がっている。

そして、私のいのちからも、繋がっていく。

☆☆

私たちの身体も、命といういうか魂の入れ物です。

魂のカラ、カラ魂→カラダマ→カラダ。

聞いたことがあります。

仏さまの大いなる世界に入っていくと

そのカラが割れて分離された状態から、大いなるものと一体になる世界に入っていけるのです。

個性・個別性・自我、自尊心、ワガママ、自分勝手というカラが、種が地面に埋まるとカラが破れるように、私たちのカラもある条件になると破れて、私の花が咲くように、芽吹いてくるのです。

生まれてから培ってきた自分自身という意識も必要です。しかし一人一人と全体は補い合う関係で、やがて変容するときが来るとおもうのです。

本来の自分になる!とは、言葉で言えばそういうことです。

カラを自分だとおもい、

お金を貯めて、好きな物を食べ、旅行をして、健康に気をつけて、と。

人生80年をせいぜい楽しみましょう!

という生き方も、それはそれで、素晴らしいと思います。

しかし、仏さまになる種を宿して、この人生を授かっています。

無限の可能性を見てみたいと私は、おもいます。

目覚めた人を仏といい

寝ている仏を人という

☆☆

目覚ましの音が、死別・ケガ・病気・事故・災害・倒産・リストラ・別離・引越といった自分にとって、悲しいこと・辛いこと・苦しいことなど人生の変化・転換点かもしれません。

それで、目が醒めるかどうかだとおもったりしています。

☆☆

お盆の月です。

ご先祖方へ手を合わせ

永遠のいのちの世界へ

導いていただきましょう。

仏さまと共に歩むすばらしき世界へ。

( -人- )

その為には、日常生活をどのように過ごすかが大切です。

食べ物は、身体を作るのに、ウソをつかない!

日常生活の心がけが、魂を磨き、人格を形成します。

そこには、ウソが通用しない!

私自身、耳が痛いですけど、、、

仏さまをまっすぐみて

精進していきます。

 南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏

暑いですけど

どうぞお身体ご自愛ください。

けいくう

☆☆

上もなき のぞみをとぐる 為の今日 息するなかれ 念ぜぬ時は

  山は青青 日はうらら 田には漫々 慈悲の水 秋はみのらん 無量寿を 歌え南無阿弥 田植え歌

  青い稲葉は その中に 白いお米の みのるため 死ぬる身体は その中に 死なぬいのちの育つため

                           (田中木叉上人道詠)  

師匠の能「藤」は、

国立能楽堂で舞われたものを下記アドレスから一年間限定で

ご覧いただけます。

興味のある方は、是非、ご覧下さい。