2025年9月28日

<第1039話 授記>

こんにちは

授記(じゅき)というのは、予言することです。

例えば、弥勒菩薩は、来世で仏になると予言されている。

これを記を授けるという。

しかし、お釈迦さまが記を授けるのにも、いろいろ問題があった。

釈迦族出身の男に、サラカーニという飲んだくれの男がいた。

このサラカーニが死ぬ時、お釈迦さまが彼の家に行き、耳元で何か言われた、帰られた。

その後、サラカーニは、旅立った。

お釈迦さまが「サラカーニは、来世で仏になる」と言われたらしいとわかると

騒ぎになった。

いつも飲んだくれているあの男が仏になるのなら、誰でもなれるのではないか。

困ったのは、釈迦族の指導者マハーナーマで、お釈迦さまのところに言って収拾を頼みます。そこで、お釈迦さまは、大勢の信者を集めて話されました。

「あの男はたしかに飲んだくれであった。しかし、長い間、仏を信じ、法を信じ、教団を信じてきた男である。そして最後に、自分は信仰という世界では、何も間違ったことをしていないと、私に言った。それでわたくしは、あなたは天に行くと告げたのだ」。

それで騒ぎは、治りました。

お釈迦さまは、飲んだくれの男の中の正直さ、素直さ、魂の美しさをご覧になっていたのです。

お釈迦さまの言葉だから、皆は納得する。

すると次には、自分も「おまえも心配することはない」と言ってもらいたくなる。

実際、多くの方に死ぬ前におっしゃったようだ。

これが、引導(いんどう)です。

引導は、死後ではなく、死ぬ前に渡すもの。

そうして、心を定めて旅立つから、迷うことなく極楽浄土に往生していくのでしょう。

引導を渡してもらいたい方は、どうぞ通照院へ、お越しください。

一緒に、お念仏して、安心して最期まで、すごしましょう!

けいくう

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朝夕に 歓喜感謝のむね晴れて 希望こおどる 無量寿の旅

待てしばし 我も往く身ぞ きよき国 先立つサトリ 道標せよ

(田中木叉上人道詠)